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東京地方裁判所 昭和48年(モ)9610号 判決

債権者 株式会社 大庭工務店

右代表者代表取締役 大庭広次

右訴訟代理人弁護士 信部高雄

同 大崎勲

債務者 清水一男

右訴訟代理人弁護士 谷浦光宜

主文

(一)  債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第四四四七号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が同年七月一二日にした仮処分決定の主文第一項および同第二項中の別紙物件目録(一)記載の土地に関する部分を取消す。

(二)  債権者の本件仮処分申請中、前項取消しに関する部分の申請を却下する。

(三)  第一項掲記の仮処分決定中、第一項取消しに関する部分を除くその余の部分を認可する。

(四)  訴訟費用はこれを三分し、その二を債権者の、その余を債務者の負担とする。

(五)  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

(一)  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

二  債務者

(一)  主文第一取項掲記の仮処分決定を消す。

(二)  債権者の本件仮処分申請を却下する。

(三)  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二申請の理由

(被保全権利)

一  売買契約上の履行請求について

(一) 債権者は、昭和四八年五月一一日、債務者からその所有に係る別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を、申請外斉藤建設株式会社(以下斉藤建設という。)からその所有に係る同目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を、一括して、代金二、〇〇〇万円(土地代金一、三〇〇万円、建物代金七〇〇万円)で買受ける旨の契約を締結し、右同日、手付金として金三〇〇万円、同月一四日、中間金として金二〇〇万円(土地代金三二五万円、建物代金一七五万円)を支払った。

(二) そして、残金一、五〇〇万円は、昭和四八年六月一〇日、債権者のために本件土地については所有権移転登記を、本件建物については所有権保存登記をなし、かつ本件土地建物を債権者に引渡すると同時に支払う約束であり、また、債務者は、右期日までに、本件土地について設定されている昭和四八年二月二七日受付第九〇一六号根抵当権設定登記の抹消登記手続を完了する約束であった。

(三) よって、債権者は、債務者に対し、本件土地について、昭和四八年五月一一日付売買を原因とする所有権移転登記手続と引渡を求める権利を有する。

二  債権者代位について

(一) 仮に、債権者と債務者間において、本件土地について前記のごとき売買契約が成立しないとすれば、債権者は、昭和四八年五月一一日、斉藤建設との間において、本件土地建物を代金二、〇〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、手付金、中間金として合計金五〇〇万円を支払いずみであるから、債権者は、斉藤建設に対し、本件土地について、昭和四八年五月一一日付売買を原因とする所有権移転登記手続と引渡を求める権利を有する。

(二) ところで、斉藤建設は、昭和四八年二月九日、債務者から本件土地を代金一、三〇〇万円で買受ける旨の契約を締結しているから、債務者に対し、右代金の支払と引換えに、所有権移転登記手続と引渡を求める権利を有する。

(三) よって、債権者は、斉藤建設に対する本件土地についての所有権移転登記手続と引渡を求める権利の保全のため、斉藤建設の債務者に対する本件土地についての所有権移転登記手続と引渡を求める権利を代位行使する。

三  債務者の背信的悪意について

(一) 債権者は、昭和四八年五月一一日、斉藤建設から、本件土地建物を代金二、〇〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、手付金、中間金として合計金五〇〇万円を支払っていたものであるが、債務者は、昭和四八年五月二八日、斉藤建設から、本件建物を代金五〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、同年六月二日東京法務局渋谷出張所受付第二五五一九号をもって債務者名義に所有権保存の登記をなした。

(二) しかしながら、債務者は、斉藤建設と共謀して、債権者を害する目的で本件建物を二重に買受けたものであって、いわゆる登記の欠缺を主張できない背信的悪意者に該当するというべきものであるから、債権者は債務者に対し、登記なくして、本件建物の所有権を対抗しうるものというべく、したがって、債務者に対し、本件建物についての前記所有権保存登記の抹消登記手続を求める権利を有する。

四  詐害行為の取消について

(一) 仮に、債権者と斉藤建設間の本件土地建物の前記売買契約に基づく登記、引渡の請求権が債務者の契約解除および債務者に対する有効な二重譲渡と保存登記の完了によって履行不能に帰したものとすれば、債権者は、斉藤建設に対し、すでに支払った手付金、中間金、合計金五〇〇万円と、手付金倍額の特約によって、取得した手付金相当額の損害金三〇〇万円、合計金八〇〇万円の損害賠償請求権を有する。

(二) しかしながら、斉藤建設は、本件建物について、債務者との間に売買契約を締結した昭和四八年五月二八日当時、すでに相当の債務超過であって、本件建物以外に全く財産がなかったのであるから、斉藤建設が、本件建物を債務者に売渡すことが、債権者の前記債権をして完済を得られなくし、もって、債権者その他一般債権者を害するものであることは明らかであり、かつ斉藤建設は、債権者その他一般債権者を害することを知りながら、あえて、右売買契約を締結したものであるから、右売買契約は、民法四二四条にいわゆる詐害行為に該当する。

(三) よって、債権者は、詐害行為取消権に基づき、債務者との関係において、斉藤建設と債務者間において、本件土地についてなした昭和四八年五月二八日付の売買契約を取消した上、昭和四八年六月二日になした債務者名義の所有権保存登記の抹消登記手続を求める権利を有する。

(保全の必要性)

そこで、債権者は、債務者に対し、本件土地について、所有権移転登記手続および引渡を求め、本件建物について、所有権保存登記の抹消登記手続および引渡を求める本案訴訟を提起し、現在審理中であるが、本案判決の確定までこのまま放置すれば、債務者が本件土地建物を他に売却して引渡すおそれがあり、したがって、債権者が、後日、本案訴訟において勝訴の判決を得ても、その強制執行が不能又は著しく困難となるおそれがある。

(本件仮処分決定)

よって、債権者は、債務者を相手として、東京地方裁判所に対し、右執行を保全するため、本件土地について、執行官保管、占有移転禁止、処分禁止の仮処分を、本件建物について処分禁止の仮処分を申請したところ、同裁判所は、これによる昭和四八年(ヨ)第四四四七号事件において、債権者に金三〇〇万円の保証を立てさせた上、昭和四八年七月一二日、右申請を認容する旨の仮処分命令を発したが、本件仮処分決定は正当であるから、認可されるべきである。

第三債務者の答弁・主張

一  申請の理由(被保全権利)一の(一)、(二)項中、債権者と斉藤建設との間において本件建物について、その主張のごとき売買契約を締結し、その主張の手付金、中間金を支払ったことは不知、債権者と債務者間において本件土地についてその主張のごとき売買契約が締結されたことは否認する。同第(三)項は争う。

二  同二の第(一)項は不知、同第(二)項中、斉藤建設は、昭和四八年二月九日、債務者から本件土地を代金一、二〇〇万円で買受ける旨の契約を締結したことは認めるが、右売買契約は、昭和四八年五月二八日、斉藤建設の代金不払による債務不履行によりすでに解除されたものである。同第(三)項は争う。

三  同三の第(一)項中、債務者は、昭和四八年五月二八日、斉藤建設から本件建物を代金五〇〇万円で買受け、債権者主張のごとき所有権保存登記をなしたことは認めるが、その余は不知、同第(二)項は争う。

四  同四の第(一)項は不知、同第(二)、(三)項は争う。債務者が、斉藤建設から本件建物を買受けた当時、斉藤建設が多額の債務超過であることおよび前記の売買が債権者その他一般債権者を害することは全く知らなかったものである。

第四証拠関係≪省略≫

理由

(被保全権利)

一  債権者は、昭和四八年五月一一日、債務者から本件土地を、斉藤建設から本件建物を一括して代金二、〇〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、手付金三〇〇万円、中間金二〇〇万円、合計金五〇〇万円を支払った旨主張するのに対し、債務者がこれを争うので案ずるに、債権者の右主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照してたやすく措置し難く、他にこれを認むべき疎明資料は存在しない。かえって、≪証拠省略≫を総合し、弁論の全趣旨に鑑みれば、債権者は、昭和四八年五月一一日、斉藤建設との間において、本件土地建物について、「(一)代金二、〇〇〇万円、(二)手付金三〇〇万円は右同日支払い受領、(三)中間金として昭和四八年五月一四日金二〇〇万円を支払う、(四)残金は昭和四八年六月一〇日限り所有権移転登記完了と同時に支払う、(五)売主において違約の場合は手付金の倍額を支払う、」旨の売買契約を締結したことが認められるから、本件土地の売主が債務者であるとし、債務者に対し、本件土地についての所有権移転登記と引渡を求める権利を有するとする債権者の主張は理由がない。

二  次に、斉藤建設は、昭和四八年二月九日、債務者から本件土地を代金一、三〇〇万円で買受ける旨の契約を締結したことは当事者間に争いない。ところで、債務者は、右売買契約が昭和四八年五月二八日斉藤建設の代金不払による債務不履行によって解除されたものであると主張するので検討するに、債務者は、昭和四八年五月二八日、斉藤建設から本件建物を代金五〇〇万円で買受け、所有権保存登記をなしたことは当事者間に争いなく≪証拠省略≫を総合すると、斉藤建設は、営業資金に窮した末、かねてからの知合いである債務者から、代金は建売住宅を第三者に売渡した後に支払うとの約で本件土地を買受け、その地上に建物を建築した上、これを土地付建物として第三者に売渡して土地買受代金および建物建築代金と土地付建物売渡代金の差額を儲けることを計画し、昭和四八年二月九日、債務者との間に本件土地を代金一、三〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、手付金、売買代金の支払いのないままその引渡を受け、右地上に建物を建築することの許可を得たので、昭和四八年二月二八日、株式会社佐々木学スペースプランニング研究所(以下佐々木研究所という。)に、請負代金五〇〇万円で本件建物の建築を請負わせ、佐々木研究所において、その建築工事に着工して、同年五月中旬頃、本件建物をほぼ完成したが、佐々木研究所が本件建物建築資金として申請外河本正雄から借受けていた金二五〇万円を期日までに支払わなかったため、右河本からその担保として本件建物を事実上占有され、建築確認通知書等の書類を奪われたため、先に本件建物とその敷地を代金二、〇〇〇万円で売渡す旨の契約を締結していた債権者にこれを売渡すことができなくなったこと、そこで、斉藤建設は、債務者との協議の結果、昭和四八年五月二八日、本件土地の売買契約を代金不払を理由に解除した上、債務者に引渡すとともに右地上の本件建物を代金五〇〇万円で売渡すこととし、代金五〇〇万円の内二五〇万円は債務者からの借入金と相殺されて残額二五〇万円を受領したこと、その後斉藤建設は、前記河本に対して現金二五〇万円を支払った後本件建物の占有の移転を受けるとともに建築確認通知書等の書類の引渡を受けて、これを債務者に引渡し、債務者において、本件建物について昭和四八年六月二日所有権保存登記をして、本件土地建物を占有していることが認められ、右認定に反する疎明資料は存在しない。

右認定の事実によれば、斉藤建設と債務者との間において昭和四八年二月九日にした本件土地売買契約は、同年五月二八日解除されたものであることが明らかであるから、斉藤建設と債務者間において昭和四八年二月九日にした売買契約が有効に存続することを前提とし、斉藤建設に代位して右売買契約の履行請求権を有するとする債権者の主張も又採用することができない。

三  さらに、債権者は、債務者が斉藤建設と共謀して、債権者を害する目的で本件建物を二重に買受けたものであって、いわゆる登記の欠缺を主張できない背信的悪意者に該当する旨主張するので検討するにおよそ、いわゆる背信的悪意者として、第三者が登記の欠缺を主張するに正当な利益を有しない場合とは、不動産登記法第四条、第五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由のある場合、その他登記の欠缺を主張することが私権の公共性、信義則に反し、公序良俗違反、権利の濫用に該当する場合をいうものと解するのが相当であるところ、≪証拠省略≫を総合すれば、債務者は、斉藤建設が本件土地建物を債権者に代金二、〇〇〇万円で売渡す旨の契約を締結し、すでに手付金、中間金として合計金五〇〇万円を受取っていたことを知りながら、本件建物を二重に買受けたことが窺われるが、右の事情のもとにおいては、いまだ債務者が債権者の登記の欠缺を主張することが、許されない背信的悪意者に該当するものとは判断し難い。

四  進んで、債権者の詐害行為取消の主張について判断するに、債権者は斉藤建設から本件土地建物を代金二、〇〇〇万円で買受け、手付金三〇〇万円、中間金二〇〇万円を支払ったにもかかわらず、本件土地建物の移転と引渡が斉藤建設と債務者間の本件土地売買契約の解除および債務者に対する本件建物の二重譲渡と保存登記の完了によって履行不能に帰したものであることは前示のとおりであるから、債権者は、斉藤建設に対し、すでに支払った手付金三〇〇万円、中間金二〇〇万円、および手付金倍額の特約によって取得した損害金三〇〇万円、合計金八〇〇万円の損害賠償請求債権を有するものというべきである。

ところで、≪証拠省略≫によれば、斉藤建設は、昭和四八年五月二八日、工事代金債権として約金一、二〇〇万円の債権を有していたが、いずれも回収不能なものであって、本件建物以外に見るべき資産なく、他方約三、〇〇〇万円の債務を負って同年六月初旬倒産するに至ったことが認められ、右認定に反する疎明資料は存在しないから、斉藤建設が債務者に対してなした本件建物の売渡行為は債権者その他一般債権者の担保を減少し、その利益を害するものであり、斉藤建設の代表取締役斉藤吉男はこの事実を充分認識していながら、本件建物を債務者に売渡したものといわざるを得ず、また≪証拠省略≫によれば斉藤建設との売買の衝にあたった債務者の代理人である弁護士谷浦光宜は斉藤建設の監査役であって、その経営状況を十分把握していたものと推認できるから債務者においても、債権者その他の一般債権者を害することを知りながら、自ら他の債権者に先んじて優先的に貸金債権の満足を得せしめる意図のもとに本件建物の売買契約を締結したものと推認せざるを得ない。なお、債務者は、本件建物の売買契約をなすに当ってこれが債権者その他一般債権者を害することを知らなかった旨主張するが、右に認定したところによってすでに明らかなとおり、この主張は到底採用することができない。

してみると、債権者は、詐害行為取消権に基づき、債務者に対し、本件建物について、東京法務局渋谷出張所受付第二五五一九号をもってなした債務者名義の所有権保存登記の抹消登記手続を求める権利を有する。

(保全の必要性)

債務者は、本件建物以外に目ぼしい財産を所有しておらず、これを他に処分したり、その所有名義を変更するおそれがあることは、弁論の全趣旨によって明らかであるから、本件建物について処分禁止仮処分をなす必要性のあることが肯認しうる。

(結論)

以上説示したとおり、債権者の本件仮処分申請は、本件建物について処分禁止の仮処分を求める限度において理由があるから本件仮処分決定を主文第(三)項の限度において認可するが、その余の部分は理由がないから主文第(一)項の限度においてこれを取消した上、右取消しに関する部分の仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

〈以下省略〉

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